QとかJとかIとか

娘。Q期やらJ=Jやらアンジュやらを愛しているブログです。妄想が大好きです。

1億3千万総コメンテーター王国

タイトルの出オチ感が半端ないですが。元ネタはこれです。やっぱりBerryz工房は最高だなあと思います。熊井友理奈ちゃんかわいい。


Berryz工房『1億3千万総ダイエット王国』Berryz Kobo[130 million Diet-minded Country]) (MV)

 

タイトルだけ書いて満足していちゃあれなので、実際のところの「1億3千万総コメンテーター王国」と化している世界のことについて書いてみようと思います。

 

そもそもコメンテータというのは何かというと、

コメンテーター(英: commentator)とは、テレビ、ラジオなどのニュース及びワイドショー(情報番組)の解説者のこと。*1

そのまんまですが、一つの職業なんですよね。

でも、職業ではなく自己顕示欲のためにコメンテーター風にいろんなことをしている人が多いなあと、思うんです。

 

アンチというのも、一種のコメンテーターですよね。「××ちゃんの△△という言動は、ありえない!!!」とかいうね。

何故一消費者である我々がコメンテーターと化しているかというと、単純に企業がそれを求めたから。

プロ(批評家)とアマチュア(消費者)の垣根を非常にあいまいにして、消費者の感情をダイレクトに聞こうとしたからだと思うんです。

そのため、「商品」(飲食店からエンタテインメント、挙句の果てには政治家)に対する「コメント」を求めたんです。

「あなたの意見を聞かせてね!」というのは昔からもありましたが、それを他の視聴者・消費者にまで開示することはほとんどありませんでした。

ごくまれに雑誌などのメディアで、「こんなクチコミありました」と検閲した状態で載るぐらいしか。

それが、今は消費者からダイレクトに発せられる時代になった。

それでも通常の消費者であれば、「コメントを出す価値のある」ものに対して出すだけでよかったんです。

例えば、非常に感動して感謝の気持ちを伝えたい、というときや、ひどく怒っていて許せないと思った時など。いわゆる「普通のとき」には自分の中で消費して、終わるだけだったんです。

でも、それが例えばポイントだったり他からの称賛を得られるようになり、趣味として、もしくは自己顕示欲のために「普通のもの」にもコメントするようになった。

もう正直言うと、それは完全に相手の思うつぼなわけです。相手というのは、口コミサイトだったりいわゆる掲示板サイトだったり動画サイトだったりするわけです。

話が少しそれますが、企業から見ると、こんな美味しい話はないんです。

何故なら、本来労力と時間をかけなければならなかった「コメント(意見)」がほっといても無料であちこちであふれているんですから。

今までは「謝礼」をぶら下げて聞いていた意見や、わざわざオペレーターを雇って聞いていた意見が、無料で手に入るんです。

いわゆるまとめサイトとかネットの読み物サイトを作る時だって、数十年前に雑誌やらのメディアを作るのの何十分の一の手間でできるわけです。

例えば新作リップの記事を作りたい、というときには昔であれば、メーカーやらショップやらに取材を申し込み→リップの写真を撮り→実際に使っている人に取材をし→使っている人がいなければ誰かに使ってもらって感想を聞き→謝礼を支払い→記事を起こすみたいな手間があったのが、今では、twitterやらインスタグラムやらで「◎◎(リップ名)」と検索するだけでok。メディアによっては許可も取らず「引用」としてコメントやら画像やらを引っ張ってきて、それだけで記事が完成するわけです。

そんなわけで、皆さんの自己顕示欲というのは企業にとっては最小の手間で利益を得るための道具みたいなもんなんですね。

なので、「なんかこの社会、おかしくない?」と思ってもメディアでは取り上げない。一部の人たちは「インスタ蠅」とかって騒いでますが、そもそも自己顕示欲の低い人はいちいち自分の意見を声高らかに言いませんから。

 

さて、話が少しそれましたが。

 

そんなわけで、この世の中は「消費者の皆さんの口コミが世の中を動かすんです!」という方向になってまいりました。

そうすると何が起こるかというと、消費者の勘違いです。

「一消費者として、コメントさせてもらいますね。人それぞれですから、あくまで参考までにどうぞ」という気持ちから、「俺たち(実際はひとりかもしれない)の意見をもっと聞け。俺は消費者様だ」という慢心のようなものに変わっているんです。

現在の日本には、山のようなものがあふれています。本屋に行けば何万何十万という本が並べられていますし、お弁当屋に行けば何十種類ものお弁当があるところもあります。

その中から、自分の好みのものを選んで気にいればリピート・気に入らなければ「失敗だったな・自分には合わなかったな」となるのが消費者のあるべき姿だったかと思います。

それが、「失敗だったな」と認められないのが今のコメンテーター風な消費者なのではないでしょうか。

「自分が失敗したわけではない・店がor作者が悪い!」という、謎の方向性。

そしてまた、それをメディアが煽るんですよね。「炎上」とかいって。webに関してはプレビュー数が増えるとお金が入るという世の中ですし、場合によってはいい宣伝になるわけですから。そうなると、炎上しているのを見るのが楽しいというよくわからん人も湧いてきて、世の中はしっちゃかめっちゃかになっているんです。

そして、自分が迷惑をこうむったわけでもないのに事件やら何やらで「こんなひどいのがいる!!ありえん!!」となるのもね。

みんな感受性が豊かなんだなあという感じですね。子どもがいれば子どもに「こういう大人になっちゃだめだよ」と言い、「自分もこういう生き方はやめよう」と思うだけでいいのに、何を怒り、そしてそれを意見としてネットに書き込む必要性があるのか。

 

前に某テレビ局が「嫌なら見るな」などと言いましたが、それが消費者としてもあるべき姿だと私は思っています。

気に入ったら購入・取り入れる。気に入らなかったら、手放す。

なので、話があっちこっちに飛んでしまいましたが、例えば芸能人で、「×××の性格気に入らねえええええ!!」と思えば、ほっとけばいいんです。

芸能人・飲食物・芸術品・雑貨などの「商品」においての死とは、誰からも目にとめられず、触れられないことです。

誰からも興味を持たれない商品は、やがて廃盤になり「なかったこと」になるんです。

それでもどうしてもコメントせざるを得ないのは、不安だからではないでしょうか。

「俺、この本のここおかしいとおもってるんだけど、みんなもおもってる? ねえ? もしかしてこうおもってる俺って、変?」

「私この味嫌いなんだけど、みんな嫌い?私、世の中からはみ出してないよね?」

そういう確認のため、コメントをしてしまうんだと思います。

何故なら、「イイネ」の数をたくさんもらうこと=幸せなこととなっている世の中で、「みんな」の枠をはみ出すということは、自分が「なかったこと」になってしまうかもしれないという恐怖があるから。

ただ、世の中すべてが「イイネがたくさんもらえるもの」を目指し始めると、多様性・個性は死にます。

個性がある世の中が素晴らしいかというと、正直そのあたりはわかりません。例えば将来軍事国家を目指すのであれば、個性は不要です。みんなで同じことをして、みんなで死ねば安心するわけですから。

そして、どんどんと自己が死にます。昔よく言われていた「自分にしかわからないおしゃれ」(例えば下着とか靴のインソールとか)もSNSでさらけ出すようになり、食事は自分の心身を満たすためだけではなく、人から羨ましがられるために食べるようになりました。

自宅は誰かにさらされるために飾り、挙句の果てに「散らかっていてすみません」という、よくわからない謝罪まで生まれています。

そして消費者たちは、そのコメントや画像を隅々まで見て、「絵のバランスおかしくないですか?」「おうち汚いですね」「栄養バランス悪いですね」とか言う。別に直接迷惑をかけられたわけでも損したわけでもないからほっとけや。という感じです。

でもまあ、自己が死んだっていいわけです。考える必要がなくなるわけですから。

「今日は何着ようかな」と考えるときに、誰からも叩かれない服をチョイスすれば安心なわけです。

例え朝二日酔いで食欲がなくても「理想の朝ごはん」さえ作っておけば、いい人間になったような気持ちになれるんです。

自分と向き合わないことって、本当に楽ですから。

 

なんてことをどや顔で言おうと考えていたら、アンジュルムが全部言っててくれたっていうね。ひとりひとつの人生に、ひとりひとつの感動。


アンジュルム『泣けないぜ・・・共感詐欺』(ANGERME[I Can't Cry… The Fraud of Empathy])(Promotion Edit)

笠原桃奈ちゃんかわいい! 佐々木莉佳子ちゃんかっこよすぎる!そして安定のりなぷー!

 

 

で、何が結局言いたかったかというとyoutubeのコメント欄ね。

 

某アイドルグループの子が「嫌い」とか「ありえない」とかいうコメント、そろそろいい加減にしてくれませんか。

オーダーメイド商品でない限り、消費者が100%満足できるものというのはどんな生産者でも提供出来ません。

人によって、10%満足できればそこにとどまるというひととと、99%満足できなければ離れるという人、いろいろいることでしょう。

でも、そこにとどまると言った以上は黙ってとどまってろよ!!!と思うんです。

とどまっている、ということは責任があります。

少しでも不満が零れ落ちるのであれば、そしてそれを我慢できず垂れ流してしまうのであれば、そこにいる資格はないと私は思います。

一応アイドル達は「ずっと応援してください」とは言いますが、アンチ活動をするぐらいなら潔く流れましょう。

例えばそれが職業であれば(例えばブロガーだったらそれでお金を稼いでいるとか、youtuberでそれを収益にしているとか。ただしお金をもらうということは、責任が伴いますが)まだしも、そうでなければ次を探して旅立ったほうが良いのではないでしょうか。

なんでもコメントすりゃあいいってもんじゃない。

「自分だけが持っている意見」や「自分だけの暮らし」を公にしすぎず、心のうちに止めておくのはこれから消費者としてやるべきことの1つなんじゃないかなあと思います。

 

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さて、なんでこんなブログを書いたかというと単純にタイトルを書きたかっただけです。ええ、自己顕示欲の現れですね。

また、仕事柄SNSや動画サイトを見ることも多いので、そこで思っていることを書いてみたかったというのもあります。自己顕示欲の表れと、ある意味ストレス解消です。

なお、ブログでつらつら書いてるお前が言うなよ、という意見には、私もコメンテーター消費者に成り下がっているのかもしれないなと反省する所存であります。

たぶんあまり人に読まれるブログ内容ではないと思いますが、読んでいただいた方ありがとうございました。

次回からは普通のハロプロ記事を書きます!(たぶん)(ナセバナルが好きすぎて泣きそうです)


こぶしファクトリー『ナセバナル』(Magnolia Factory[Where there is a will, there is a way.])(Promotion Edit)

 

勝利したいぜ!