QとかJとかIとか

主にこぶしちゃんを愛しているブログです。勝田里奈ちゃんとゆかにゃも一生応援します。妄想が大好きです。

20年近く愚痴垢やアンチを見てたわたしが、その心理を超自己流に分析してみた話

はじめに

最初にアンチという存在を知ったのは、もう20年近く前。

某匿名掲示板で、某漫画の某ヒロインに対するアンチスレッドを見たときでした。正直、自分に直接かかわりのない世界のひとりに固執して延々と悪口を言い、それを共有してキャッキャしている世界はひどく恐ろしかったのを覚えています。

ですが怖いもの見たさというか、気づけばスレッドを1から追い(暇人)漫画雑誌の発売日のたびにスレッドを開き(本当に暇人)、場合によっては漫画を読んで「アーきっとあのスレの人たちはこのコマに対して騒ぐんだろうなー」と予想してからスレッドを開き答え合わせをする、という行動を数か月続けました。(まじで暇人でした)

私自身は別にそのキャラが好きでも嫌いでもなかったので、スレッドへの書き込みはしていませんでした(そもそも「半年ROMれ」が合言葉のような時代でしたし)が、その一方で「どうしてこの人たちはこんなに本気で悪口を言ってるんだろう」という方に興味が出ました。

そのあたりから私のアンチスレヲチがはじまったのかもしれません。

その後は某ママタレのアンチスレや、某ブロガーのアンチスレ、さらにはアンチスレアンチスレアンチスレアンチスレのヲチスレなど、わけのわからないカオスなスレも見はじめ、いつの間にかSNSの愚痴垢にもたどり着きました。

(この間、本当に見るだけです。何故なら私の興味はタレントやブロガー本人ではなく、スレ住民だったので)

 

気付けばアンチスレをみはじめて、20年ほど。別に延々と見ていたわけでもないのですが、それでも大体パターンはいつも同じだなあと思ったのでまとめてみました。

なお、何がアンチで何がアンチじゃないか、何が愚痴で何が愚痴ではないかは人それぞれの感性もあると思います。

要は例えば「もっと○○してほしい」という言葉があったとして、それをアンチ発言だと思うかどうかは、言われた本人(+所属している団体)だけであり、第三者が「アンチ発言だー!!」というのはいかがなものかということです。(ただし、明らかに過激な言葉やどう見ても悪口と言える言葉は、侮辱罪や名誉毀損罪の対象となります。)

基本的にはアンチスレッドに書き込み、自らアンチを名乗る人や愚痴垢と自己紹介して愚痴を言っている人たちをイメージしていますので、ご了承ください。また、私は何か心理学的な勉強はほぼしていません。そちらもご了承ください。

パターン①もともとファン→アンチになった場合

「もともとは好きだったけど、最近の言動や行動で嫌いになった!」パターンは、意外と見受けられました。

何なら枕詞のように「〇〇の頃は好きだったんだけど~~~」と言う。そういえば許されると思ってるフシがある。

このパターンは、人生すなわちパンタ・レイと真逆を行くような、過去の何かがそのままの状態であってほしいという固執的な気持ちの人が多い印象です。未来に何か不安を抱えて変化できないタイプの人が多いのかな。

「昔、○○ちゃんと仲良かったんだから今でも仲良しでいてほしい」「尊敬する先輩は変えずに一生尊敬していてくれ。変えたら裏切り」「あの時○○って言ったんだから今も貫けよ」という言動が多いです。

ある意味、演者を「キャラクター」として見ている人ともいえるでしょうか。末っ子キャラの子は成人しようが三十路になろうが永遠に末っ子だし、という。

後は「もともとは○○系発信者」としてデビューして別のこと(だいたいお金がらみが多い)をはじめると「変わっちゃったね。残念」「結局金儲けですか!」となるパターンとか。

まあ一度趣味嗜好を話せばそれが何らかの形で残る時代なので、現在進行形と錯覚するのでしょうが。

そういうのは10年ぶりに合った姪っ子とかに「なんで見た目も趣味も変わってんの?ツインテールしとけよ」とか「久しぶり!あの時好きだったプリキュアまだ当然好きだよね?あの時怖がっていた着ぐるみは今でも怖いよね?」「お小遣いはまだ300円だよね?」とかいうわけ分からん感じなので、今のその人が受け入れられないなら去ればいいと思います。いくらキャラ付けとはいえそれが延々に続くと思ってるのはお互いのためにも本当にしんどい。であれば生身の人間ではなく、永遠の○才として年も取らないキャラクターを推した方がいいです。

また、意外と多いのが「いつか好きだったころに戻ってくれるんでは」という謎の期待。

これは、万が一戻ったときに、離れていた自分が許せなくなるからなんですよね。多分完璧主義者に多いんだと思います。

例えばとある漫画の1巻がめっちゃ好きで、でも2巻以降はつまらなくなったから追わなくて手放して、8巻で急にまた自分好みになったから戻ってきたときに、2~7巻を追ってなかった自分が許せなくなって……みたいな。単純に買戻しすればいいだけだけど、リアルタイムで追えなかったり特典が手に入らなかったら悔しい、という。こういう人は、1巻と8巻だけ買えば幸せになれると思うんですが、それだと自分の中で腑に落ちない。全部愛さなければならない→でも愛せないからストレスがたまる、というジレンマがアンチや愚痴という形で表れているのかもしれません。

黙って離れればいいんだけど、変に固執しちゃうところに闇を感じます。

パターン②同じグループや界隈に好きな人がいる場合

これは、グループ活動をしているアイドルのアンチや愚痴垢に多い気がします。

要は、Xというグループ内の、Aちゃんは大好きで、でもBちゃんは嫌い、という話。

Aちゃんを追うためにXを見ていたいのに、Bちゃんが目に入るから腹が立つ。場合によってはBちゃんが足を引っ張っている(パフォーマンスや言動、スキャンダルやらなんやらで)からイライラする。あたり。

これは、人のせいにして物事を安心する人が陥りがちなパターン。(余談ですが、こういう人は最近漫画やらドラマやらでよく見る「自分は悪くなくて周りが悪い」パターンが好きな気がします。家族が借金を作った、配偶者や恋人に問題があった、友達や職場が最悪だった、不慮の事故にあったなど、自分に非がない状態で不幸に陥り→誰かに助けてもらうというパターン)

こういう人たちは、そもそもAちゃんがグループ、あるいは事務所に所属することを選んだという前提が完全に抜けている。

Aちゃんには、グループから抜けたり事務所を退社するという選択肢がある、ということをすっかり忘れたまま「Aちゃんかわいそう!」「B最低だな!」と、アンチ化していきます。

いわゆる事務所批判も、これに近いです。

幼稚園児でもない限り、Aちゃんは立派なプロであり社会人なので、仮に不満を持っていた場合に何のアクションも起こさないのは、単にAちゃんの怠慢なんですよね。Bちゃんと一緒にXというグループにいることを「選んでいる」Aちゃんを可哀そうに思うのは勝手ですが、Aちゃんにも責任や選択権はあります。

仮にAちゃんが何の不満も抱いていないのであれば、「BちゃんとXというグループにいることを選んだAちゃん」として推すか推さないかを見極めればいいだけと思います。

まあそう頭で分かっていても、脱退・卒業は重たいことなんで難しいんですけどね……。

パターン③なんだかんだ言って好きな場合

アンチスレッドや愚痴垢を見ていると分かるのが、「なんだかんだこの子(あるいはグループ)が好きなんだな……」と思うこと。

可愛さ余って憎さが百倍、てきなことなんでしょうか。(余談ですがyahoo知恵袋で「推しに対して可愛さ余って憎さ百倍になったのでどうしたらいいでしょうか」という問いに対して「即離れて」とアンサーされてるのを見てなるほどと思いました…)

好きだからこそこうしてほしい、という気持ちが膨らみ、それが上手く消化できず「〇〇ちゃんて本当ないわ!」という気持ちになるんでしょうか。

こういうパターンの人は「嫌いではないけど~」とか「せめて○○だったら~」「私だけかもしれないけど~」「余計なお世話かもしれないけど~」と、なんだかんだ相手に嫌われたくない思いを透けさせながら批判するイメージ。自分は悪くないですよアドバイスですよぐらいの感じでネチネチネチネチやる。

特に「〇〇だったらまだよかったんだけど」というのはよくあるんですが、じゃあ実際に〇〇だったら批判しないのか、というとする。そこはほぼ間違いないです。(例えば10万円のバッグを買ってるのを見てムキーとなり「8万円なら許すんだけど」とか言った場合、8万円でもムキーとなり「5万円だったら~」とかいうんですよという話)

「じゃあ離れればいいじゃん」と言われると「でも、完全に嫌いではないし……」「曲はいいし……」「今オーデやってるし…」とデモデモダッテちゃんになる。

基本、断捨離が苦手なタイプで過去と未来を重視して今をうまく見極められないタイプと思います。「将来的にこうなってくれるかもしれないし~」としょうがない夢追い人のヒロインきどってアイロンかけながら泣くタイプです。

そして、「〇〇ちゃんには自分がいないと!」と妙な責任感や母性本能のもと、拗らせていくパターンです。グループ名に「ちゃん」をつけて、アラサー超えの人間もかわいいかわいいと見下しながら可愛がっている人に多い印象ですね。その辺の心理は推されている側も分かっているので(ぐちぐちうっせーな)と思いながらも、小金稼ぎのために「応援してくれてありがとう!」「厳しい意見も私のためですよね!!」「これからもよろしくお願いします!」と言い、だらだら続いていくパターン。

まあこれもひとつの応援の形ではあるのでいいと思うのですが、それがエスカレートして訴えられたりしたら面倒になります。それでもそういうスタイルを続けるのか、あるいは推し続けるのかやめるのかを、一度しっかり考えるのも一考だと思います。

パターン④「普通」にこだわっている場合

「本人のことは好きだけど、○○才ならこうしてほしい」「リーダーなんだから」「アイドルなんでしょ?」「プロでしょ?」「ブランド品買えるぐらいお金もらってるんでしょ?」→だからこのぐらいして当たり前だよね?というパターンです。

これ、リアルで考えると良くある感じ。自分の子に対して「もう小学生なんだからこのぐらいできるでしょ?」と言ったり、自分の上司に対して「役職手当もらってるんだから、最低でもこのぐらいはしてもらわなきゃ」という感じなんだと思います。突き放すほど嫌いではなく、でも理想とは離れているからモヤモヤする→愚痴る。アンチ化する。という感じでしょうか。

で、こういう人って身近にもいるんですが&自分もこうなりがちなんで分かるのですが、基本自分のことは棚に上げます。(「そもそも普通の人ってアンチ活動しないよね?」と言われたらブチ切れるパターン)

そして、「普通」とか「一般的に」「外国では」「お隣では」という言葉が大好物。

「普通○○才だったらこうだよね」とか「(同じ界隈の第三者)さんのところでは、こんなレベル」というのを免罪符に批判します。

ただ忘れてはいけないのが、普通の存在と同じ存在であった場合、多くの有名人(タレントやブロガー、youtuberなど)は有名ではなくなるということ。

良くも悪くも普通と違った部分が多いから注目され、もてはやされ、金を稼げるんです。

しかもだいたいこういった人が言う「普通」ってすごく狭い世界の話を言う。自分が生まれ育った世界の普通、をメインに持ってくることが多いので、例えば「16歳の女の子」と言われれば日本の高校に通う制服を着た偏差値普通平均身長平均体重の黒髪の女子を思い浮かべる。そんなレベルの普通であって、例えばボディビルダーを目指す16歳の女の子や平安時代に生きていた十二単を着た女の子、会社経営をしている女の子は指さない。そのレベルの普通。

これは、自分に自信がなく、自分の考えが正しいかどうかわからないから「普通はこうだよねー」と言って、周りに「そうだよね」って言われて安心したい、という心理が働いてるんだと思います。

逆に言えば自分の普通からはみ出た何かを見たときに「どうしよう!これっておかしいよね!なんでこれが受けいれられてるの?!私が間違ってる?!」とパニックになり→アンチや愚痴垢をしているともいえる。

アンチスレだと良く見かけるのが「〇〇っておかしくない?そう思うの私だけ?」と聞いて「いやおかしいよ!あなたの言う通り!」とレスされて「だよねー!」と明らかにホッとする流れ。

仮に周りが肯定的でも普通の扱いをしていても「自分は違うなあ」と思ったときに素直に言えたなら勝利だと思います。でも素直に言う場所は紙の日記帳とかがいいと思いますが。

ちなみにこういう人たちは「家族に聞いたら」「職場の人たちにこの話をしたら」と周りの人を引き合いに出して悪口を言うのも通例。「おかしいと思っているのは私だけじゃない!!」と主語を大きく見せて自分の正当性を主張したがります。

が、基本的にこういうのは信じない方がいい。そもそも自分がむかつく人間の話を別の関係ない人に話して同意してもらう、ということ自体が意味が分からないし(そしてそういう話をできる人が周りにいたら、いちいちネットで書き込みしない)、仮にそういう話をしてたとしても「……(なんだこいつめんどくせえ。とりあえず同意しとくか)そうなんだーそれはないねー(棒読み)」という答えなことがほとんど。そして「まじで!?そいつ最低だね!許せない!私もアンチになるわ!!」と又聞きでアンチになった場合、その人もまじでヤベー人。結論としてはさみしさを紛らわすためにアンチしてるの、というヒロインぶったただの他責的な人。

パターン⑤自分だったらこうするのに……と言いたいだけの場合

自分と年代や性別、立場などが近い場合によくあるパターン。

「私だったら~~~するわ」とか「俺だったらそうはしないね」のように、急に自分が登場人物かのように出てくる。

動画サイトやブログのコメントやSNSで、急に出てくる人たち。

どちらかといえば「ぼくがかんがえたさいきょうのだせん」という隙あらば自分語りに近い感覚で、ただただ幼稚。こういうタイプの人は、実生活で満たされていない、あるいは満たされた経験が少ない人が多い気がします。

また、こういう人に多いのが誤字脱字の指摘。「〇才になっても漢字書けないんでちゅかぁ?!」「え、本とか出してますよね?」「ブロガーなんですよね」「プロのくせに」「事務所の検閲が~~」のように、鬼の首を取ったように叩く。自分が叩けるところを見つけたら本当に嬉しがるタイプ。

で、大勢が集まる場所で「聞いて聞いてー!間違い見つけたー!!」と騒いで、「よく見つけましたねー」と言われて自己顕示欲を満たすまでがセット。昔はよく「GJ」(グッドジョブの意。多分死語)でスレが満たされたものです。

こういったパターンの人はマジで厄介なんですが、叩かれている側としては良客になりやすいというメリットもあります。

基本的に頼られた経験も少なく、また寂しさを抱えている人が多いので、「ぜひ意見を聞かせてください!」「もし間違っていたら教えてください!」と言われると嬉々として「私はね」「僕はね」と語りに行き→「ありがとう」「助かりました」「すごいですね!」と言われて舞い上がり→お金を落とし始めるケースも多いと思います。(ちなみにこのパターンはYoutubeのコメント欄にもよくある。アドバイス大好き視聴者にup主が「アドバイス助かります」「もっと教えてください」というと急に登録者数が伸びてたりする)

ただしそれを受け入れないアイドルや運営などが「余計なお世話です!」「私とあなたは違うんで!」などと言い始めると、厄介アンチに昇華します。このあたりは供給側の姿勢と掌握能力にかかっているのかなとも思います。

パターン⑥最初から嫌いな場合

最初から嫌いなら何の執着もせず放っておけば?と思うのですが、意外とアンチスレにも多いのがこの人種。

「とりあえず誰でもいいから叩きたい」「ストレス発散したい」みたいないわゆる健康的な状態ではない人もいますが、基本は自分に何らかのコンプレックスを抱えている人が多いのかなと思います。

そしてこういう人の多くが、いわゆる「そこまで有名じゃない人」を叩きたがる。ワンチャン落ちてきそうな人(新人ブロガーとか落ち目の政治家とか)が傷つくのを見て、何か「勝った」気持ちになってるんだと思います。

もう何をしても揺るがない超有名人やすでにたくさんのお金を持っている人は、こういう人からは叩かれづらい傾向にあります。

こういう場合の根底にあるのは、嫉妬に近いのかな。「あのぐらいの料理なら私にも作れる」「同じ学歴なんだからあそこにいるのは俺でもおかしくなかったはず」→「なのに自分はいない!!」という羨望のような気持ちがゆがんで、アンチ化してるのかなと。

口癖は「あのぐらい誰でもできる」「プロのくせに」「素人並み」など。

こういう人たちは、需要と供給という根本的なことや付加価値というものをわかっていない場合が多い。仕組みを理解する力が乏しいんだと思います。

例えば料理ブロガーがなぜ安定したアクセスを得られるかというと、料理を作ること以外に

・毎日こまめに更新する

・写真に気を配る

・きちんと計量したレシピをアップする

・コメントに返信する

・相手を不快にさせない文章作りをする

など、それ以外のことをきちんとやってるからなんですね。また、読者に対して何か質問をしたり、「明日は○○の予定です」と予告したりして、次回も来訪しようという仕組みづくりをきちんとしている。そこをすっ飛ばして「あんなカレーぐらい私も作れるわ」と考えると、どうしても納得できなくなります。表面に見える物だけにとらわれて、裏側が考えられない人の典型です。

また、基本的に物事は既にあるものを基準とした場合、それを上回らないと価値が生まれない傾向にあります。要はシンプルなドーナッツがすでに販売されている場合、それと同じものを作っても元祖の方が愛されることがほとんどなんです。ではどうしたらいいか、それに付加価値(カロリーオフにする、価格を安くする、原材料にこだわる、味の種類を増やす、パッケージをおしゃれにするなど)をプラスしないと、基本は売れません。

なので、「私の方が優れているはず……」と思うなら、その人プラスアルファの何かをしたうえで普通に戦えばよいのでは、と思います。まあ基本的に「私はブロガーになりたいわけじゃないし」「ちゃんと別のお仕事で働いてますから!キリッ」という姿勢でいるので、やらないと思いますが。

で、「読まなきゃいいのに」と言われると「ただの暇つぶしだもんねー!」と負け惜しみ?を言う。「わかって読んでるんですよ」という姿勢でとにかく負けを認めない。負けず嫌いなのかもしれません。

ちなみに、仮にその人が落ちたからといってアンチがその分上がれる仕組みはありません。一瞬何か自分が上昇したかのような錯覚を得るかもしれませんが、基本的に何も変わりません。逆にアンチ活動に時間を使った分失っている物の方が多い気もします。

パターン⑦周りの人がかわいそう!と正義ぶってる場合

家族をさらしている人や、グループに所属している人のアンチに多いパターンです。

「お子さんがかわいそう」「家族に失礼」「後輩のために」「先輩に対して」などなど、どちらかといえばパターン⑤の「自分だったら」のタイプの人に多いと思います。

こういう人は基本、自分の身の回りに似たような人がいてそれと重ね合わせているタイプが多い。

自分の母にいつも冷たくされていた=子供に冷たい対応をしている(ように見える)ママタレが許せない、といった風に、自分と重ね合わせてしまうタイプかなと。

多分小さなころから「相手の気持ちになって考えなさい」としつけられたタイプで、「自分がこの人の家族だったら耐えられない」「〇〇ちゃんが悲しそうに見える!あいつのせいだ!」と勝手に想像してぎゃんぎゃん騒いでアンチになっていっているタイプ。

また、こういう人は理想がきちんとあり、また視野が狭い。家族はお互い嘘をつかずお互いのことを思いやり家庭優先で貯金はきちんとして下ネタは言わず失言もせず……と、それが当たり前に思っている。だからそこから外れた瞬間に「弟さん可哀そう!!」「それって娘さんに対する虐待では?!?!」「もしかして何かの障害が……?!」と騒ぐ。「どんな形であれ子どもは育つ」「悪い経験もいい経験も成長の糧」とどっしり構えていられるタイプであれば、そこまでは騒がない。(そもそもそういうタイプはアンチ活動とかしないと思うけれど…)

後は「先輩はこうあるべき」「後輩はこうあるべき」「アイドルはこうあるべき」という意識も強いので、そこから外れると「パワハラ!」「〇〇くん可哀そう!!」で一気に燃え上がります。

また、「とある人が30代女性はこうあるべきと言ったから、私も親にこう言われるに違いない」「姑が」「上司が」と、突然自分を登場人物にして不安がる。

「こういう人がいるから私は生きづらいんです!!!」「先入観を生まないでください!!」と、まだ起こっていないことに対して悪い想像をして暴れる、という感じ。

悪い想像ばかりしても誰も得しない なんですが、それに「いいね」とかがいっぱいつくと「悪い想像する私が認められてる!!」「きちんと先の見通しできる自分かっこいい!!」となりがち。

で、「心配」が根本にあるので、正義のヒーロー気分になる。「自分は間違ってない」「悪いのは相手」「だから叩いてもいい」という思考回路になる。

ちなみにこういう人が集まる掲示板は「〇〇について語るスレ」とアンチを語らないことがほとんど。正義感ぶりたいので、過激な発言が出ると「別にファンじゃないけど、それは言いすぎじゃないですか…?」と言い始める人も多々います。

そして、こういうタイプはオンラインではなくオフラインでもいます。

急に「お子さん一人っ子なんてかわいそう」とか「結婚もしないなんて、ご両親がかわいそう」からはじまり、「コロナで修学旅行中止なんてかわいそう」「就職氷河期可哀そう」「バブル失敗かわいそう」とかひたすらいう。いうことによって、かわいそうじゃない自分をドヤ顔してマウントを取るタイプですね。

で、このかわいそうなんですが、比較的変えづらいもの(家族関係など)と、変えやすいもの(仕事、恋人など)では考え方が異なると思います。

まず変えづらいもの対してアンチ活動することについて。大切なのは「かわいそうと言われる方がかわいそう」という認識を持つことかなと。私もどちらかといえばかわいそうな家で育った方ではあると思うんですが(何と比べるかにもよりますけど)、正直この年になるとどうでもいいです。過去は振り返らずに生きようと思えたのは最近ですが、でもだからと言って過去を「かわいそう」とラベリングされた時点で、自分の生き方を否定された気分になるんです。どちらかといえば「頑張ったね」とか「今はもう大丈夫?」と言われた方が(私は)いいかなと。正直かわいそうといってアンチ活動するぐらいなら、まじで覚悟を持ってやらないと逆効果です。「かわいそう」とか「厳しすぎない?」とかそんなこと言われても、基本どうしようもないし、本当に家族ってもう逃げようがないんですよ。仮にじゃあ悪さ(あえてその言葉を使いますけど。アンチから見た許せないことですね)をしている人が変わったとしても、家族にはしこりが残る。そうなると、その方がかわいそうになったりもする。なので、少なくとも実際に見たこともあったこともない、いざとなっても責任が取れないネットの世界で安易に「かわいそう」と言って児相に通報したりするのは、まじで迷惑です。もう下手にあれこれするなら、見なかった振りするぐらいがいいです。そんなのかわいそうだわ!私絶対に許せないの!!と思うなら、身を削る覚悟でやった方がいいです。まず実名出してからやれよって言うね。

(ところでそういう方たちって、スーパーで怒鳴られている子とか電車の中でモラハラ全開で配偶者に当たっている人とかを見たときには、直接注意しに行ったり解決に向けて動いたりするんでしょうか?顔見知りだったらする?)

なお、アイドルに対してかわいそうだからこうしたほうがいいとかいうのでも、同様だと私は思っています。いざとなれば貯蓄も資産も切り飛ばして支えるぜぐらいの気持ちが無ければ、基本余計なことはしない方がいいです。まじで。

ちなみに「アドバイス 余計なお世話」とかで検索すると、いろんなページがヒットします笑 

個人的にいいなあと思ったのは、こちら。「こうしたらいいのに」はうまく昇華したほうがいい、というのになるほどと。

www.nikkei.com

まあやんわりとコメント欄とかで「こういうやり方もあると思いますよ~」ぐらい伝えればいいだけとは思いますけど…。(相手が望んでいる、という前提ですが)

多分、エスカレートしちゃうんでしょうね。「こうしたらいいのになあ」→「こうでなきゃ」っていう。

そして、変えやすいものに対する「かわいそう」というアンチは、一切何も言わなくていいと思います。

パターン②でも少し言及しましたが、「BちゃんとXというアイドルグループにいることを選んだAちゃん」に対して、Bちゃんや運営を攻撃することは、Aちゃんを否定することにつながるからです。さらには、Aちゃんを「かわいそう」とラベリングすることで、Aちゃんを無力化させることにもつながっている。そもそも、アイドル(だけではなくブロガーや配信者、漫画家など)の道を選んだ時点で、Aちゃんはそれなりの覚悟を持ってきているはずです。そのAちゃんに「無力なかわいそうな子」というレッテルを貼るということは、Aちゃんの覚悟や選択を軽んじることにつながります。(たまに「親が勝手に応募しました~」パターンもありますが、続けることを選んだのは本人のはず。本人が嫌で「助けて!」と言っているなら、それは別問題な気がします)まあ、Bちゃんが仮にはちゃめちゃにひどいいじめっ子で、Aちゃんの心と身体をズタズタにしてる、というのなら話は別かもしれませんがそれでも、第三者は基本傍観しかできないことがほとんどです。何故なら証拠を提出できる立場にないから。ファンは供給される側なので、自分から何かを供給することは基本出来ないんですね。むしろ出来たら問題です。(ストーカーや盗撮…?)(地下ドルとかならありうる…?)なので、供給されている物に対して「これってAちゃんに対する嫌味だよね?!」「Bちゃんの発言は、Aちゃんを傷つけているはず!!」とぎゃんぎゃん騒いでも、別にそれが証拠で何かの役に立つってことはほぼないです。場合によっては名誉棄損とかで訴えられる可能性もあります。

 

そして「かわいそう」というのは、エンタメの世界ではひとつのコンテンツになりうります。

「かわいそう」と思うとつい見に行きたくなってしまう、応援したくなる、という心理を利用して、わざと子どもが泣いた話を乗せるブロガーとか、格差売りをするアイドルグループとかも、いると思います。実際どうかはさておき、「〇〇って最低!!」「〇〇ちゃんかわいそう!!」というコメントを稼ぎたい、というのが透けている動画とかもありますよね。それでもいい、という場合はのぞきいったん距離を置くのも良いかもしれません。

アンチや愚痴垢を辞めたい人に

アンチや愚痴垢は、まじで時間の無駄です。その時間があったら副業なり勉強なり、あるいは自分の趣味なりに時間を使った方が良いとは思います。

また、昨今はアンチや愚痴垢を許さないという風潮になっており、訴えられたらほぼほぼ負けます。場合によってはお金や地位も失います。

……と、ありきたりなことは、たぶんわかってるんですよね。アンチや愚痴垢の人たちって。「私は正しいことしてるわ!」と盲目状態になってる人もいる一方、「そろそろやめないとな」と思ってる人も、多いかなと思います。

ただ、そもそもアンチや愚痴垢ってたぶん一瞬でも快感を覚える仕組みになってるんですよね。誰かを見下し、自分の意見を主張して、場合によっては相手に謝罪してもらえたり、アンチ仲間に褒めてもらえる。誰かと共感しあえる。私はそういった脳の働きとかはわからないんですが、依存症に近いというか、何らかのスイッチが入っている状態なんだと思います。

なので、「そういうことは悲しむ人がいるからやめた方がいいです…!」「自分を大切に!!」みたいな正論で諭されても、結局戻ってきちゃうんだと思います。

なので、一番いいのはアンチ対象・愚痴対象に対して興味を失うこと。

個人的におすすめのアンチや愚痴垢のやめ方をご紹介します。

①自分が全く興味がない界隈のアンチスレ・愚痴垢を見る

全く聞いたこともない芸能人や夜の世界のキャストさん、一度もプレイしたことのないゲームなどのアンチスレ、愚痴垢を第三者の目線でただただぼーっと見てると、まじでどうでもよくなります。

「このひとたち、何に怒ってるんだろう……?」「え?そんなことぐらいで愚痴ってんの?」「なんか分らんけどどこにでもすぐ怒る人っているんだなあ…」と若干引いた気持ちになるので、効果的です。

ただし自分が少しでも知ってる・興味があるものだとのめり込む可能性があるので注意したほうがいいです。

②昔のひとのことを調べる

例えば哲学者とか、発明家とか、あるいは武将とか。昔のひとの中には、今の倫理観とは全く違う考えの持ち主がたくさんいます。

誰とは言いませんが、誰もが知り、また憧れる高級ブランドの創始者の中にも、今であれば炎上するようなことを言ったりやってた人もいますし、教科書に載っているような文豪や作曲家も、私生活はハチャメチャだったりします。

そういうひとたちのことを調べていくと、アイドルのちょっとした言動や配信者の目線なんか、どうでもよくなります。

「文豪 クズ」とかで調べると(すごい検索内容ですが…)最近のアイドルの炎上や失言なんてかわいいもんだなあと思います。

仮にそこで腹が立ったとしても、もうお亡くなりなられている方でどうしようもないですし、時代も違うし……と怒りはいつの間にか落ち着いたりもします。

要は、世界は広くて、自分1人が感情的になったところでそうそう変わらない。そう気づける可能性がある、ということです。

③動物の動画を見る

ちょっと②にも通じるところがあるのかもしれないんですが、結局人が人に腹を立てるのって、「この人はこうするはず」という期待のようなものがまずあって、それが裏切られたから怒りに変わる気がするんです。

「この年齢だから、このぐらいはできるはず」→できませんでした→「何こいつやる気あんの?!」という風に腹が立つ。

「すごい情報が手に入るはず」→入りませんでした→「はあまじで時間の無駄だった!だいたいこいつ何なん?!」という風にアンチ化していく。

しかし、動物を見る時はそんな期待がほとんどない。

育児放棄をするパンダを見て、「この母パンダ最低!!母性ガー!!」と心の底から腹を立て、アンチ行為をする人がいないように。

転んだガゼルを捕食するライオンを見て「信じられない!!普通こんなことしませんよねえ?!もし私がライオンだったら~~~」とスレ立てする人がいないように。

「そういうもんなんだ」「この子にはこの子の事情がある」「ていうか自分とは関係ないわ」という思いにつながるので、結構有効だと思います。

おわりに!

昨今は推し活という言葉で消費を促す傾向にありますが、何かを買ったり時間を使うときに「推しのために」と思うと、不満が募りやすくなります。

「自分が見たいから見る」「自分が見たくないときは見ない」と自分軸で物事を考えると、「あ、ちょっと嫌だな」と思ったときにすっと引きやすくなります。

(あとは、予想外のことが起きた場合やがっかりした場合も「期待した自分が悪い。次から気をつけよう」「これを選んだ自分のせいだ。ひとつ良い経験をした」と自分軸で考えられるようになると思います)

また、引いたときに見損ねたものや手に入れ損ねたものは、基本的にそのあとリカバリーできます。今は個人間の取引サイトも充実しているし、古本屋も動画サイトも普通にあるんで、見なくても大丈夫だと思います。

過去や未来ではなく「今」にフォーカスして取捨選択をすると、アンチ活動をしなくてもその時々で楽しさを手に入れられるのかな、と私は最近思ってのんびりアイドルブログを見たりしています。

ちなみに私は今現在「江島生島事件」について調べてます。(唐突)いろんな人が処分されまくるようなことをしたとは思えないんですが、いったいどうなんでしょう……と気になって。現在の感情としては「本当にこれってこんな罪?」という認識なんですが、、深堀していくとまた意見や見方が変わるかなあと。もしアンチや愚痴垢やめたくてでも次に興味があるものが分からなくてという方いらっしゃったら、ぜひ江島生島事件を調べて見解をお寄せください。(?)

 

以上です。最後まで読んでいただいた方がいるかはわかりませんが……もしいらっしゃったら、ありがとうございます!